2015年8月31日月曜日

第388話 「ミラノ 霧の風景」再読

何度も書いてしまい恐縮なのですが、ローマの今年の夏は、猛暑続きだったこともあって、昼に夜に寝苦しい日が続きました。

しかし、寝苦しい故にベッドでの読書時間が平年より増えたことは、ある意味では思わぬ収穫だった、と言えるかもしれません。

つい最近読み終わったばかりの本は、タイトル書きの「ミラノ 霧の風景」
須賀敦子著でした。元々、記憶に間違いなければですが、前回のローマ滞在中に、手に入れたものです。

日本でも読み返して、なお且つ今回4年前に自宅の小さな書庫から、携えて,態々ローマに持ってきた本の1冊です。

須賀敦子さんの書いた本の全てを読破しているわけでは有りませんが、私にとっては、ごく自然に親しみを感じさせる文体、文章は、読後に一種の清涼感を与えてくれるのです。

作家須賀さんは、イタリアに10有余年の歳月を過されし後、日本へ帰国か〔1971年/S46〕されて上智大学等で教鞭をとられたそうです。

1990年(H2)に初めて発表した作品集が、ご紹介の「ミラノ 霧の風景」は、女流文学賞、講談社エッセイ賞を受賞した、と文庫本の表紙内側に紹介されていました。

私にとっては、平成10年から再度ローマに戻るまでの13年間に文庫本を読んでみたり、特集を組まれた雑誌などで氏の生い立ちから、活動などの知識を得ておりました。

また、いつでしたか年月は、全く記憶にないのですが、確かNHKだったように思うのですが、氏の生涯を見つめるTV番組を観たことが想い出されます。

アッシジ(イタリア/ウンブリア州にあるサン・フランチェスコ教会で有名)のことが、詳しく紹介されて居りましたが。氏は、ここでの取材をテーマに次の小説の題材をイメージされていたことなどが、解説されておりました。

さて、「ミラノ 霧の風景」では、12章に亘っていろいろな人物との出逢いが書きとめられています。中でも、現代作家のこと、イタリアの代表的な
詩人たちのことなどのことが最も興味深く楽しませてくれました。

将来、じっくりと須賀敦子全集を紐解く時間を持つことを今から楽しみにしております。

最初に出会った須賀敦子さんの著作
            「ミラノ 霧の風景」白水社刊
            私の大切な本の1冊です。


            凛として 文体にみる 人の相
                            元鷹     

2015年8月28日金曜日

第387話 絶景!ローマ眺望 後編

中編では、余りの絶景への感動にてこころも文章も踊ってしまいました。
そもそもこの展望台「ROMA DAL CIELO」(ローマ ダル チエロ)は、何時頃出来たのでしょうか?

確か、前回駐在の期間(1992~’98)には、エレベーターの取り付けは在りませんでしたから、ここ10年内外のことだろうと思われます。そもそもV/エマヌエレⅡ世記念堂は、イタリア共和国統一(1861)50周年を記念して、1911年に創られたと聞いています。

ローマ(市政)《否・イタリア政府?》の凄いのは、この由緒ある国の建造物にさえ、その立地を活かした展望台をつくってしまう、というアイデア
《離れ業》です。観光客へのサービス精神なのでしょうか?

ここは、ヴェネツァ広場の一角正面にあたります。
ローマへ観光に来られたら、幾度となく目辺りにすることでしょう!

正面右側へ進めば、カンピドリオを左に見て、マルチェッロ劇場を右に見て、”真実の口”のあるサンタ・マリア・イン・コスメディン教会、チルコ・マッシモ方面へ抜けます。

正面左側へ進めば、諸皇帝通りを走り、コロッセオ、コンスタンティヌス凱旋門を眺めることができる訳です。

ですから、記念堂の建つヴェネツア広場はローマ遺跡観光のポイントと言っても過言ではありません。

その要所の記念堂屋上からのローマ眺望は、「ローマのパラダイス」と言っても良いかもしれません。

通常、観光は遺跡から遺跡へと点を繋いで歩いて行きます。
これを①平面観光と呼ぶなら、記念堂展望台からのローマ全体の眺望は、②垂直観光と呼んでも興味津津であります。

そして、博物館や美術館をじっくりと時間を掛けて堪能する観光を
集中観光と呼んで見たいと思います。

そうしますと、①平面+②垂直+③集中 の3タイプの組合せで、ローマの観光を楽しむことも面白いのではないでしょうか?

①平面観光地(希望の行き先)を事前に参考図書にて下調べをしておきます。

②垂直観光地を例えば、今回ご紹介の記念堂展望台、またはサン・ピエトロのクーポラ、あるいはジャニコロの丘(ピンチョの丘、等)などのローマを眺望できるところ。

③最後に、ヴァチカン美術館、ボルゲーゼ美術館、等々ご自分の気に入った美術館・博物館を時間を掛けてじっくりと楽しむところを決めて置きます。

ローマの観光地の場合、余りに名所旧跡、世界遺産が多い為に「選択」することが厄介かも知れません。まあ、贅沢な悩みではありますが。
            

            写真 A
統一の四頭馬戦車/ カルロ・フォンターナ作
            記念堂正面左側に設置されています。 

            
            
            写真B
  
自由の四頭馬戦車/ パオロ・バルトリーニ作
            正面トップ右側に設置されています。



            

            展望台から下界を見下ろしてヴェネツア広場の
            ロータリーを撮りました。三色旗が印象的でした。

            
堂々とした白亜の殿堂
ヴィットリオ・エマヌエレ二世記念堂
 
上の写真Aは、記念堂屋上左側の像、
写真Bは、記念堂屋上右側の像です。
           
 
眺めよし イタリー統合 記念堂
 
展望台 ローマの全貌 愉しめる
 
大発見 ローマ絶景 天空に
 
            元鷹
 

第386話 絶景!ローマ眺望 中編

エレベーターには、20秒ほど乗っていたのだろうか?中型のサイズで、ガラス張りの箱に押し込まれたようなスタイルで、10人ほどの乗客の誰しもが押し黙っていたことが、今では可笑しく思われてならないのですが。

エレベーターを降りて、記念堂のテッペンに立ってみれば、まるでローマの空に上ったような錯覚をしてしまったかのようなスペースでした。

ローマの真中央に建つV/エマヌエレⅡ世記念堂の屋上に登ったことが、感動であり、驚きでした。素晴らしい!凄いぞ!!と一人唸りの声を出さずには居られない感情に占められてしまいました。

右前方、直ぐ傍に在るように見えるドーム屋根は、ミケランジェロも驚嘆したと伝えられている”パンテノン”!北東に三色国旗を風に靡かせているのは、そうだ!”大統領官邸”に相違ない。

楕円形の”コロッセオ”が美しいカタチを見せてくれているではありませんか!そして、真下には”フォロ・ロマーノ”が、2000年来の雄姿のカケラを何一つ隠さずに見せてくれています。
その右側の一段と高き所には、カンピドーリオの建物が見えます。

これは、面白いなぁ!傑作な眺めだなぁ!!と溜息を吐いてしまいました。愛用のデジカメも、余りの美しい眺望、歴史の街並みに、何処から撮ったら良いものやら、と迷い箸?状態に陥ってしまいました。



                                     クイリナーレの丘 大統領官邸
            トリコローリの国旗が棚引いています。

                                 コロッセオの美しく輝く姿に感動!
            中央を走る”諸皇帝通り”


                                 中央やや右に建つサン・ピエトロ大聖堂
            左端は、トスカ第一幕のステージになった
            サン・アンドレア・デッラ・ヴァレ教会です。 



             ここは臍 ローマ眺望 正にここ

                              元鷹  

2015年8月26日水曜日

第385話 絶景!ローマ眺望 前編

ヴェネチア広場への道順は、しっかりと頭に入っては居るものの、私の気に入りの細道を楽しみながら”カンポ広場”を通り過ぎて、着いたところはアルジェンティーナ劇場前にあるバス停でした。

ここからは、たいした距離は有りませんでしたが、バスに乗って目的地のヴェネチア広場へ向かったのです。

長い期間、ローマに居てもV・エマヌエレⅡ世記念堂の展望台に上ったことは有りませんでした。そんな訳ですから、今回の展望台行きは大いに楽しみにしておりました。

入口で警備員に展望台への道順を尋ねますと4階まで階段を登って行けば良い、との答えでした。その通り、階段を登りきったところへ着くと眺めの良いテラスが広がっていました。

正面右側へ廻ってみれば、成程エレベーターと思しき壁に取り付けられて、何と表現したら良いものやら、面白いデザインをしたエレベーターの乗り口に辿りつきました。

使用料7ユーロ。乗車客は、それほど多くなくて助かりましたが、それでも10分位の待ち時間がありました。前後から聞こえてくる外国語から、夏休み中のこともあって、家族連れのドイツ人、アメリカ人と思える声音が自然と入ってくるのでした。

私は、記念堂のトップから望めるローマの風景を心楽しみにしながら、青空を見上げたり、チケット売場の様子を伺ったりして、乗車を待っておりました。

            中央の半円筒(カマボコ型)のエレベーター
            右側は、隣接する教会/サンタ・マリア・イン・
            アラコエリ(6世紀建造)です


            
展望台チケット売場/乗車口
さて、7ユーロの対価はどうなるのでしょうか?
ROMA DAL CIELO とは?
「天空からのローマ眺望」とでも訳しますか!
 
憧れる 高きところ 人のさが
 
      元鷹
 
 

第384話 ジャニコロの丘へ ところが、・・・。

今朝は、丁度6時に起きて早々にパソコンへ向かいました。
部屋の小窓をゆっくり開けると秋の香りを乗せたヒンヤリとした空気が入り込んできました。もう、秋だなぁ・・・、と実感した次第です。

ローマの季節は、完全にAutunno/秋であります。
伊和辞典を引けば、”L'autunno della vita” ⇒ 人生の秋 と在るでは、ありませんか?

ナルホドなぁ!”人生の秋”とは、素敵な響きがあるものだなぁ!と感じ入ってしまいました。季節に四季が在るように、私たちの人生にも季節があります。今、自分は年齢でみれば十分にAUTUNNOの域に入っております。

しかしながら、心の持ち方は常に”Primavera”/春のようで在りたい、と願うものです。

今日は、2年位前から「是非、行ってみて見たい!」と念じておりました場所の一つ「ジャニコロの丘」を目指して出掛けました。

テルミニ駅操車場にて、64番のバスに乗ってテベレ川の一つ手前「PAOLA」停車場にて、乗り換えます。870番のバスで目的地である”ジャニコロの丘”へ向かうのですが、なかなかバスが来ませんでした。

これは不味いな!しまったなぁ!!と後悔の念に駆られてきました。
と言いますのも、ジャニコロの丘でのセレモニー(正午の空砲)を見物することが、その出掛ける理由だったからです。

ここ”パオラ”停車場で、もう時間は11時40分。バスは、やっと到着しました、運転手に出発時間を聞けば、11時50分とのこと。

アカン!!!
またの機会にしよう、と予定変更して、徒歩にてV/エマヌエレ通りを引き返しました。そもそも、家を出るのが遅かったのでした。

自慢出来ませんが、このような失敗は時折りあることです。
ローマでの生活には、十二分なノリシロ(時間の余裕)を持たなくてはならないことを十分に承知しているつもりでしたが、・・・。

気分を取り戻して、少し散歩しながらヴェネチア広場を目指すことにしました。もうひとつの見所と候補に挙げていたV/エマヌエレⅡ世記念堂(白亜の大殿堂)の展望台へと舵取り(所詮、徒歩ですが)をしました。

          

       これからは ローマの見所 丁寧に
                           元鷹

2015年8月23日日曜日

第383話 秋風の立つ

不思議とローマでも8月15日聖母マリア様被昇天の大祝日を過ぎてから、秋風が立つ今日この頃となりました。

朝起きる頃には,部屋の空気がヒンヤリとして、気持ち良さを感じております。ついこの間までは、ムシムシと暑くて往生しておりましたが。

スーパーマーケットでは、秋のフルーツが葡萄を筆頭に店頭を飾って賑やかです。その中で、そろそろ出番の終盤を迎えつつある夏の風物詩の代表格トウモロコシを今日は、取上げてみたいと思います。

6月下旬~トウモロコシをスーパーで見かけるようになりましたが、出初めの時季の味は、甘みもなく素っ気ないものでしたが、7月8月と猛暑が続いた頃のトウモロコシには、身も詰まっていたものが多く、美味しく戴けました。

日本では、例えば「未来」と命名された品種改良をされて、一段とうま味、甘みを楽しませてくれるトウモロコシがあることを想い出しましたが、ここでは、「品種改良」云々といった”カイゼン”は、ないように見受けます。

スーパーマーケットでは、どういったものか、常に1本当りの価格が、
1.08€ と設定されており、形・大きさはまちまち、よって重さもまちまちですが、同じケースに並べられています。(正確には、放り込まれています)
※1.08€ = 155円57銭位

ですから、その日の午前か午後の店だし時に、たまたま居合わせていたら、早いもの順で、お得感を得られる次第です。

さて、ツマラナイことですが、私はおやつ用にこの夏の間に、見かけますと、必ず2本(1.08€×2)を仕入れます。

家に戻って、出来るだけ早く皮(葉)を剥いて、茹でるのです。
1本は、出来たての熱いものを、残りの1本は時間を置いて、または翌日の朝食に供することもあります。

そんな、こんなで今年も楽しい自炊生活にトウモロコシは、夏を思う存分に感じさせてくれる我が家の「夏の”トモ越し”」なのであります。


この夏一番の旨いトウモロコシでした!
            塩をふってアツアツで汗を掻きながら
            食べました。



            茹であがり トウモロコシの 色や佳し
                                元鷹   

2015年8月22日土曜日

第382話 誰も振り向かないオベリスク その2

さて、続きます。その前に、タイトルの「誰も・・・」は、少しオーバーな気がしますが、何せ土地柄《一般的には、通行しない場所と言えます》なのか、広場全体から受ける第一印象の暗さ《灌木に囲まれている》なのでしょうか?足を止めて、じっくりと見つめたり、写真を撮る観光客は少ないようです。

先ずは、「ドーガリ」とは何なのでしょう?
実は、我が家の小さな本棚には、世界地図も世界史の書物《山川の本のみ》も無く、正確には調べることが出来ませんでした。

WEBでも探しましたが、ピッタリとヒットが無く、詳細不明?状態です。
19世紀には存在したエチオピア〔帝国〕の都市(町)の名前であるようですが。ハッキリしませんでした。解かり次第、追加したいと思います。

さて、この”ドーガリ”では、1887年にイタリア王国とエチオピア帝国との戦いがあった歴史が残っている様子。

この戦いで戦死したイタリア軍人548人の犠牲者を追悼する為に、テルミニ駅前は五百人広場と命名され、近くには、慰霊碑(これが写真に見るものです)が建てられたそうです。

正確な年代を調べられませんでしたが、1924年の広場改修時には、このオベリスクは現在の三角形の広場(公園?)に移設されたと云われています。そして、直ぐ傍にヂオクレツィアーノ浴場跡が在ることによって、通常”テルメ・オベリスク”とも呼ばれるそうです。

しかし、このオベリスクが建設された正確な年月を知りたいものです。
そして、創られたエピソードなどをもっと見つけ出したいものだと願っています。何故なら、凛として天に向かっているあのオベリスクには、不思議な魅力、否、魔力みたいなものを感じているからです。

そして、残念ながらと言いますか、他のローマの名所旧跡に聳えているオベリスクと違って、「誰も振り向かない”オベリスク”」ではあります。

因みにローマには、現在13本のオベリスクが建っているそうです。
私が、自分で眼で確かめられたものは、数えてみたら10本のオベリスクでした。

殆どのオベリスクは、古代ローマ時代にいろいろな皇帝が、エジプトから船で運んで来たものだそうですが、一体どのように海を渡ってきたのか、知りたいものです。


孤高な姿が、私を惹きつけます。
               この周辺は、危険を感じさせる人が
               寝泊まりしています。要注意スポット!!


                   
トップのステッラ(☆)は、デォクレティアーノ
               浴場跡も方向を見つめています。
               象形文字もくっきりと分ります。

               オベリスク ローマの遺跡 噴水と
                      古代の光 晩夏の空に
                                元鷹
                                                           

2015年8月21日金曜日

第381話 誰も振り向かないオベリスク

ひょんなことから興味を示すようになったり、関心を強く抱くようになることが有るものです。今日のお話も”ひょんなことから”調べることになった次第です。

場所は、解かり易く申しますと五百人広場と共和国広場に挟まれた三角州のような小さい広場です。

この広場は、ローマ国立博物館に接するエイナウディ通りとディオクレティアーノ通りとに挟まれております。

さて、ここに”ひょんな”と呼ぶには、相応しくないオベリスクが建っているのです。これまでにご紹介してきたオベリスクには感じることの無かった不思議な気高さを持っているように思えるのです。

このオベリスクの正式な名前は、解からないのですが、どうも「ドーガリのオベリスク」または「ドーガリの戦いで戦死した兵士500名の慰霊碑」と呼ばれている様子です。

またまた耳に覚えのない”ドーガリ”とは?そして、「ドーガリの戦い」とは、何だったのでしょうか?少し調べてみまして、整理して≪その2≫にて、おしらせしたいと思います。


  
広場の中央に建つオベリスク
               名前も付いていないせいか、
               知名度は低い。しかし、・・・?



              
オベリスクの台座には、
            ”ドーガリの英雄たちに”と大きい文字で
             年号は、1887年とあります。



             オベリスク ひっそり佇む 三角州

                               元鷹     


2015年8月17日月曜日

第380話 お菓子屋さんの魚です。

実に良く仕上がったモノだな、と感心しながら一心にデジカメのシャッターを切りました。”モノ”とは、これまでも幾度となくご紹介させて頂いた老舗パスティチェリア「DAGNINO」〔下記に詳細あり〕のショーウインドーで見つけた魚介類をデザインしたマジパン※です。 

※marzapane〔伊〕アーモンドを擦りつぶし、砂糖を加えて練り、いろいろな
           形に作った菓子。アーモンドは、シチリア名産の一つ。

写真をじっくりとご覧頂きたいのですが、正に魚、正に貝であります。
日本の和菓子にもあるような気がしたのですが、これ程の大きさに作り上げたものは、珍しいのではないでしょうか?

お菓子屋さん≪DAGNINO≫の正面右側は、インテリア小物ブティックです。そのショウーウィンドーも併せてご紹介します。

夏のテーマにMARE〔マーレ・海〕を取上げたものでしょうか。
シチリアの名産のひとつに”ウニ”〔riccio〕があります。

キレイな色付がされたガラス製のウニがディスプレイされていて、足を止めさします。しかし、商品POPを良く見れば、"RICCIO CAPRESE"タイトル書きがされていますから、「カプリ島のウニ」となりますか!

※カプリ島 ⇒ ナポリから快速船で30~40分位の距離にある古代から
          ローマ皇帝にも愛されたという島で、南イタリア有数の
          観光地です。「青の洞窟」が、有名です。

”ウニ”と言いますと2年前に出掛けたシチリアでは、ウニのパスタを食べてみたいと念じておりましたが、中々見つけることが出来なかったことを思い出しました。

甚だ恐縮ではございますが、食べ物の想いでは、愉しかったことでも、そうでは無かったことも意外と忘れないものですネ。

ご紹介情報

上記のお菓子屋さん

pasticceria Dagnino

Galleria Esedra
via V.Emanuele Orlando,75   00185 Roma
Tel.0039-06-4818660

http://www.pasticceriadagnino.com



                               これはほんものでは?  
            目を疑うような出来栄えです!


           
Uhhh! と唸るようなホンモノらしさに
            ビックリします。どんな味がするのでしょう?
            お値段は、1KG=60€ と表示されてます。


やっぱりお魚のように見えますね。
             新鮮さが伝わるような出来上がりです。



カプリ島のウニ というテーマの作品
            色鮮やかにディスプレイされています。      



            DAGNINO の ショーウィンドー  海の幸
                                    元鷹         

                    
                                    

2015年8月15日土曜日

第379話 聖母マリアの被昇天の大祝日

今日の8月15日(土)は、聖母マリア様の被昇天の大祝日の日、即ち
国民祝日の日となります。

手元にある小学館の伊日辞書を紐解きますと以下のように説明があります。

ferragostoの祭り〔8月15日以降の約1週間〕の起源は古代ローマのアウグストゥス帝が自分の誕生日に因んで制定した Feriae Augusti〔8月1日の祭〕に由来する。現在ではキリスト教の  Assunzione〔聖母マリア被しょう天の大祝日〕で休日。

まるで日本のお盆のようなイメージを想い起してしまいます。
前号にて、”夏休み”のことに付随した事柄を縷々書いてみましたが、キリスト教の世界では、今日は聖母マリア様の被昇天の大祝日の休日の日であります。

キリスト教の世界を知らない私には、聖母マリア様が被昇天されること自体、どんな意味なのかも解からずにおります。

折角、長い間、聖地ローマに住んでいたのですから、多少の知識を吸収しなければと思います。

とは言え、本日8月15日(土)は、私どもの仕事はまことにもって”繁忙を極める”真夏の一日となりそうです。

明日からは、8月後半にはいります。秋へ向かって真っしんぐらです。
精々この蒸し暑さを体いっぱい受けて、来る秋冬へ力を蓄えてみたいものです。


          暑いとて 暫しの我慢 秋は来る
                           元鷹

2015年8月14日金曜日

第378話 夏休み中です!

日本はお盆の真っ最中ですが、ローマは夏休みのピークを迎えようとしております。町中を歩いておりますとシャッターを下ろして、何時から何時まで休みなので宜しく!と言った字書きが、B5サイズ程度の紙に書かれて在るのを目にします。
             
一般的には、商店、レストラン〔小型/中型規模のオーナー経営者〕などでは、この時期2~4週間の休みを取ることが多いのであります。

例えば、ローマの日本料理、寿司店などは、8月初旬~9月初旬の期間に2-3週間程度を休みにされているようです。 

さて、我々サラリーマン〔月給生活者〕は、どうかと言いますと,基本的には、国で決められた労働法に則り交代に夏休暇を取得するようになっております。

期間の長さで申しますと、最長はおよそ3週間〔幾つもの取得方法が有りますが〕程度です。日本で言うところの有給休暇取得への熱は、大変なものがあります。

一般に誰かれなく、”休み”へのチャレンジ?意欲は、到底日本人のサラリーマンには、真似のできない技であります。

日本では、新聞紙上に有給休暇の取得率が相対的に上昇してきたとか、育児休暇への取得状況などが、報じられています。但し、100%近い数字には程遠いように記憶しております。

もし、イタリアで同じ様な報道がなされるならば、さぞかし正反対の数字が出てくることでしょう。100%どころか、翌年度の休暇も申請し消化してしまった!と言ったような愉快?な話題が、出てくるに違いありません。

お国柄、土地柄、生活文化歴史の違いは、当然影響するものの、
”休む”と言うことへの希求心と人生を愉しむこころの在り方には、
少し学ぶところがあるように思えてきました。

自分をみつめる時間、家族と一緒に過ごす時間、近隣社会との触れ合う機会、趣味を楽しむ時間、等々切りが無いほどの仕事以外のことが、
人生の持ち時間を構成しています。

イタリアの長期休み/フェーリエの歴史は、古代に遡るようです。
この時期に長期休みを取ることは、たしかに理に適っております。

ラテン詩人ホラティウス〔前65~前8〕の残した”短いことば”こそ、
混迷の現代に生きる私たちの指針であるように思われてなりません。

          CARPE DIEM カルペ ディエム
         〔訳〕この日を掴め 次の日に信を置いたりせずに。



          人生に CARPE DIEM あればこそ
                  時を惜しみて 我生かす道  
                                        
                              元鷹 

2015年8月13日木曜日

第377話 ローマの噴水

やっとローマの異常気象〔6月から今日まで〕も収まってきた気配を感じております。2日前には、雷を伴う大雨もあって溜飲を下げることが出来ました。

さて、ローマの魅力の一つには、至る所に設置されている噴水〔広場〕が
あります。交通量の多いロータリー中央の噴水は、通行人にも車を運転するダライバーにとっても気分を爽快にさせてくれるオアシス的存在であると言えます。

とりわけ、この猛暑の時期には、噴水を観るだけでも一層の快適さを味わえますから、嬉しい限りです。

ナイアディの噴水〔マリオ・ルーテリ〕、トリトーネの噴水〔ベルニーニ〕、
トレビの泉〔ニコラ・サルヴィ〕、亀の噴水〔ジャコモ・デッラ・ポルタ〕、
バルカッチャの噴水〔P/ベルニーニ〕、クワットロの噴水、などなど。
※〔〕内は、彫刻作家または設計者です。

皆さまが、ローマのご旅行でご覧頂いた数々の噴水が、今日も観光客を或は、市民や巡礼者たちの憩いの場所《オアシス》として、親しみをもって喜ばれているのです。


※尚、トレビの泉は、昨年来(1年以上か)修復工事のため、水は止めら
  れています。ご注意ください。 


TIVOLI  Villa D'esteの噴水
ローマ郊外にある風光明媚な高台に
つくられた数々の噴水はタップリ楽しめます。
 
風物詩 夏に嬉しや 水のアート
                    元鷹
       
 
 
 


2015年8月12日水曜日

第376話 マーキュリー像 再び その2

E.その相違点とは?
   ①右手を天に向けて人差し指を挙げていますが、手の甲の向きが違 
     います。 

   ②右足を大きく後ろに上げているオリジナルに比べて、三越本店のも 
     のは、それほど上っておりません。角度が小さい。

   ③左手に持つカドニケウスの杖の握り方、手首の角度、杖の角度な
     ど、違いが見られます。


以上が、主な相違点と言えるかと思います。
全体としては、博物館のオリジナル作品には「動」を感じることができますし、三越本店のそれには「静」を感じます。


前号で、ご紹介しましたジュゼッペさんには良いヒントを頂きました。
同じモチーフで、カタチのちがうものは作らない、というものです。

もし、彼の主張が正しければ、三越本店のマーキュリー像は、相違点などを鑑みても、オリジナルをモディファイ〔修正、改変〕したものなのだろうか?

年内にでも、フィレンツェの国立バルジェッロ博物館へ再々度訪問して、学芸員に訊ねてみたいと考えるのですが、何せ”イタリア”です。
事前の調査や学習が不可欠であることは申すまでも有りません。



         再燃か 韋駄天の謎 バルジェッロ
                           元鷹       
     

第375話 マーキュリー像 再び

それは先日8月9日(日)の朝の出来事でした。

一枚のハガキを投函するために事務所地区の郵便局へ向かったところ、ついこの前まで貴金属店だった場所がHOTELに替わっていたので多少の驚きと好奇心をもって、入口を跨いたのでした。

入って直ぐにレセプションが左手に在りました。
ジュゼッペさんと言う方に、ご挨拶を申し上げておりますと、何と我が愛する”マーキュリー像”のミニチュアが、堂々と置かれているのを発見しました。

真に嬉しかったことには、ジュゼッペさんはこのマーキュリー像に詳しいこと、愛情をもって接していることなどが、短い会話の中で十分感じられたことでした。

何と今日は素晴らしい人に逢うことができたのだろうか!
この方、マーキュリー像に興味を持っているというイタリア人、他の国の人でも巡り合えなかったのにと、つくづくジュゼッペさんとの偶然の出会いに感動しながら、事務所に向かいました。

マーキュリー像については、遡ること2012年2月1日、2月4日、そして11月11日の3回に亘って、皆さんへお伝えしておりますから、ご記憶されていらっしゃる方も多い?かも知れません。

さて、何故にマーキュリー像にこれ程こだわるか、という御説明を要するかと思いますので、ここで時間を戴きます。

A.三越日本橋本店ライオン口正面玄関の5階辺りでしたでしょうか?
  マーキュリー像が黄金いろに輝いています。

  パンフレットによれば、オリジナルは※国立フローレンス博物館にある       ※ジョバニーダ・ポロニアの作品である、説明があります。

   ※国立バルジェッロ美術館の呼ばれています。
   ※作家は、ジャンボーロニャ・ゲナント〔1529-1608〕です。

B.最初に設置されたのは、大正12年〔1923〕7月1日とされています。
  但し、現在のものは昭和47年〔1972〕に再設置された表面合金の
  F.R.P製のものであります。 

C.さて、オリジナルとの対面をしたいということが、大きな目標でした。
  オリジナルは、フィレンツエにある国立バルジェッロ博物館のグラウンド フロワー〔日本の1F〕に展示されています。

D.しかし、良く見ればオリジナルと三越本店に取り付けられたマーキュリ 
  -とは、多少相違点があることに気づきました。


E.その相違点とは?

   このあとは、次号にて続けてみたいと思います。

    
       

         マーキュリー 神の韋駄天 駆け巡る
                            元鷹





   

2015年8月10日月曜日

第374話 LA BOHEME 観賞後編

前話より「カラカラ」を「カラカッラ」というように敢えてスペルに忠実に発音しております。お気づきでしたでしょうか?

何故なら、スペルは”CARACALLA”と書くからですが、近い読み方をしてみたいと思いまして敢えてーLLAの読み方を「ッラ」としました。。

第372話の中で、皇帝カラカッラとは渾名〔あだな〕であって、本当の皇帝の名前をマルクス・アウレリウス・アントニヌス皇帝のことであることをご紹介しました。

面白いことに”LA BOHEME”の主人公は、"ミミ"と呼ばれて本名は、ルチアだと歌っています。「私は、ミミと呼ばれています!」という歌いだしのリリアは、とても印象的でスーッと主人公ミミの心情に入り込めるかのような錯覚をしてしまうから、”ことば、詩の持つ力”には驚いて仕舞います。

オペラの会場カラカッラも、オペラ”ラ・ボエム”の主人公ミミも「渾名(あだな)」であったことは、物語〔ストーリー〕とは関係ありませんが、偶然の面白さを感じました。

オペラは、第一幕から第四幕まで続くのですが、舞台で繰り広げられた出演者らの歌唱力、躍動美、静と動、オーケストラ、衣裳美術等々、どれをとっても「感動」の一言でした。

オペラのおよそ2時間30分の間は、正に「夏の夜の夢」であり、暑さを忘れさせてくれた心地よい幻想の世界でした。

フィナーレでの出演者挨拶の場面
            ミミことルチアと指揮者

            

            会場に貼られていた演目のポスター


幕間のパウザ〔休憩時間〕
            バールで涼を求めるお客さま 

           
         盛夏の夜 ラ・ボエムのミミに 拍手起き
                                元鷹

2015年8月9日日曜日

第373話 LA BOHEME 観賞 前編

カラカッラ浴場跡には、開演前20分前に到着しました。
普段のローマ歌劇場では、精々20分前程度の到着ですが、多少の興奮もあってか、気持ちが急いたのかも知れません。

アプローチ道をゆっくり進みますと毎年変らない浴場建造物跡なのか、浴場を囲んでいた大きな壁なのか、見るものを圧倒するように夜空に聳えていました。座席に近づきますと、もうすでに大半の席は埋まっていました。

オペラが開演するまでの待っている時間は、独特の雰囲気が会場全体を蔽うのが普通ですが、野外劇場のカラカッラ浴場跡劇場でも同様でした。

寧ろ解放感いっぱいの野外劇場の方が、より華やいで賑やかな模様でした。ファッションも気ままでしたし、海外からの旅行客の観賞者も多いことなど、やはり室内のムードとはひと味違った空気が有りました。

さて、開演〔21:00を少々廻りました!〕です。
会場はほぼ定数満員の観客でした。照明が、消されて指揮者の入場に盛んな拍手が沸き上がりました。

カラカッラ浴場跡内
            ステージへぞろぞろと向かう後ろ姿

ニョキニョキと闇夜にヌーット切り立つ
            古代遺跡の残骸?是だけでも見ものです。


            
この舞台美術には、随分と時間や予算がつぎ込まれた様子で、これまでには味わうことが無かった工夫を幾つもの点で発見しました。
 
開演10分前のステージ方向を撮影しました。
ステージに、7枚の大パネルが置かれています。
主人公らの住むアパート内の動きを特殊技術で
表現するアイデアが在りました。
 
 
ラ・ボエーム 私は”ミミ”と 誰が言う
                     元鷹 

2015年8月8日土曜日

第372話 これからカラカラ浴場へ

今日8月7日〔金〕は、交通機関のショペロ〔ストライキ〕が決行されるとか、昨日の知らせを想い出しましたが、実際どうだったのか?金曜日は私の定休日で、外へ出なかったので詳細不明でした。

どういう訳かショペロは、金曜日もしくは月曜日に決行されることが多い。
ゲスの勘繰りと言われることを覚悟して、モノ申しますれば、ショペロ実行者の休み延長〔土、日、月のショペロまたは金のショペロ、土、日〕という具合に3連休が楽しめるという設定であります。

今更、このようなことを言うのは長期滞在者としては、ローマの生活に馴染んで居ないのでは、と逆に勘繰られてしまいそうです。

諺「郷に入っては、郷に従え」は、確か英訳すれば”Whe in Rome, Do as Romans do.”だったでしょうか?この年?になって、またローマに住んで、やっと中学生のころに覚えたこの英訳に潜む意味合いが解かるようになりました。

ところで、暑気払いを兼ねまして今夜は、カラカラ浴場跡の野外オペラ見物へ出掛ける予定です。演目は、プッチーニ作”La Boheme”です。
この演目を観賞しますのは初めてです。

今年の日中の暑さを忘れて、月を仰ぐ野外〔カラカラ浴場跡〕劇場にて、しばし、暑さを忘れてくることに致します。

観賞の感想などは、次号にてお話し申し上げることに致しましょう!

※カラカラ〔皇帝〕とは?

マルクス・アウレリウス・アントニヌス〔188-217〕在皇帝位211-217
ガリアのリヨン生まれ、ガラガラとはあだ名です。彼が愛用したフード付き外套に由来しているそうです。217年初頭に親衛隊長マクリヌスに殺害されました。

当時の皇帝は、大衆浴場〔TERME〕を作って市民を喜ばせたそうですが、残っている浴場では、このカラカラ浴場が最も有名かも知れません。

それにしても、2000年前もの建造物〔浴場跡〕を活用して、オペラ劇場に仕上げてしまう現代のローマ人の智恵と言いますか、アイデアは素晴らしいですね。


         カラカラは 月夜に入る ボエムかな

                           元鷹

2015年8月6日木曜日

第371話 スポレート周遊 補足編

スポレートでのお昼のメニューについて補足させて頂きます。
と申しますのも、何処かに隠れていたレシートや理容室のルカさんがメモしてくれたお薦め品が出てきたからです。

ルカさんの祖母が、スポレートの出身とのことで、ルカさんには大変親しみ深い町なのです。そのお薦め品とは?

ルカさんのお薦め

1.第一の皿  STRENGOZZI AL TARTUFO
                           12ユーロ
2.  第二の皿  FRITTA AL TARTUFO
            12ユーロ
というものでした。アンチークショップの女将さんのお薦めのレストランでは、この二皿を味わうことが出来ました。

レストラン情報

La Barcaccia
Piazza F.lli Bandiera Sporeto
Tel.0743/225082

尚、ローマからスポレートをローカル電車にて、往復したわけですが、
往きは1等室13.35ユーロ、帰りは2等室8.70ユーロを使いました。
2等室には、クーラー設備なくへトヘトでした。

電車の旅は、快適に楽しむためにも1等室がベストですネ。


           行ってみて 初めて分る 町の良さ
                             元鷹 



そとのテラスで頂きました。
            風が吹いて快適でした!

           

               エレガントな横道に感激!!

2015年8月5日水曜日

第370話 トリック詐欺にご注意あれ!

つい数日前のことでした。いつもの通勤道を歩いていると、観光客と思しき夫婦連れが、何やらエンジン掛けたままの小型乗用車の運転手と話を遣り取りしている情況が伺えました。

直観的にさてこれは、例のダマシ販売屋の輩〔やから〕のトリック詐欺だと思いました。
これらの輩は、テルミニ駅周辺に車を仮駐車したうえで、カモ〔失礼!観光客狙い!〕を待ちうけているのです。用心用心です!!!

結局、この日の観光客は、インチキくさい品物を50€支払って受け取ってそうです。品物とは、婦人バック〔如何にも偽物っぽい感じを受ける〕と万年筆〔インク、ボールペンのセットだったか?〕の2品でした。

このご夫妻は、年の恰好60歳程で、ロンドンから観光目的でローマにお越しだったようでした。まあ、怪我が無くて良かった、と苦笑いしました。

さて、このようなインチキ販売〔必ず車から、声を掛けてくる〕詐欺師は、どのように声を掛けるのでしょう?

私が被害にあった2年前〔ハッキリ覚えておりませんが〕の時は、”ミラノから来ました。コロッセオはどの方向ですか?”と質問をしてきたのでした。

そのあと、ガソリン代が足りないので、この品物を買ってくれないか云々とあやしげな品を出してきたのです。

恐らく、手口はほぼ似たりよったりかと思います。
幾つもダマシのパターンを持っていて、カモ、否観光客に応じて使い分けているのでしょうか?

これらの手口に騙されない為には、先ず声を掛けてくる相手を見ずにその場を逃げ去ることであります。正に「君子危うきに近寄らず」という東洋の格言を想い出さなくてはなりません。

私の場合は、?お恥ずかしながら、困った?相手を助けようと「近寄って」しまったのでした。でも、何とか20€でくい止めました!

今では、このようなシーンに出逢うと、観光客にジェスチャーを投げかけて、離れるように信号を送っている次第。

ローマの不思議のひとつは、お巡りさんがこのような悪い人達を取りしまって居ないことです。スリ、置き引きの類もそうですが、警察はどうも何もしないのが、ローマ流のようでありますから、精々自分の身と財布は、自己責任でしっかり守りましょう!!!


          ローマには 警官無くて 景観あり

                          元鷹        

第369話 スポレート周遊 その2

今日は8月4日《火》でしたが、まあ何と暑く日照りが強い一日だったのでしょう!家に居ても、外に居ても汗が自然と出てくるので困りました。
毎回、ご挨拶代わりにロ-マの暑さをお伝えすることになってしますが、ご勘弁下さい。

さて、スポーレート周遊その2です。
スポレートは、とてもコンパクトな街並みで気に入りました。
お昼には、事前にいつもお世話になっている理容室のルカさんにメニューをメモして貰っていたものを注文しました。

そのメモ用紙が、何処かに行ってしまいまして、ご紹介出来ません。
まあ、しかし現地のトラットリア、レストランではご当地自慢のパスタであり、オムレツ《タルトッフォが入って芳しい香りが特長です。》をご注文なさると良いでしょう!これに一杯の白ワインが揃えば、最高です。

観光は、小さい町ながら瀟洒な建造物を愉しむことができました。
特にカテドラルは見応え充分ですし、ここに至るまでの狭い路地の中世を想わせる雰囲気は格別です。

その1でも書きましたように、丘の上の街ですから夏場でも良い風が、ほほを撫でてくれますから、爽やかで快適です。ローマから、今少し近ければふんだん来ることもできるのに、と思わざるを得ません。

最初にご紹介せずに失礼しましたが、アッシジ、ペルージャと言った、やはり中世の世界が佇む素敵な町々があるウンブリア州の一角に位置しています。

そうです。今年の2月には、スポレートの少々手前にありますテルニの町で下車しまして、サン・ヴァレンティーノ教会に、更にはバスに乗って大滝を見物に行ったこともブログにご紹介させて頂いておりました。

どこの街並みも自然と共生していることが共通しています。
と言いますか、自然をそのまま生かして保存して、活用しているのかもしれません。

不便さを解決しないところが、逆に自然を守り、見るものを楽しませてくれているのかも知れません。汗をかいた後のビールの旨さと同じですネ。

タルトッフォ入り自家製パスタ 12€位
            香りよし!味よし!値段まあまあ?

            

            街のシンボル的存在 カテドラル
            右手前の広場には、オープンエリアの
            レストランがあって、ノンビリと過していた
            観光客が目立ちました。


             我が知己の  生れし土地の スポレ-ト
             行って来たよと 言えば微笑む
                                   元鷹     

2015年8月2日日曜日

第368話 スポレート一日周遊 その1

今日から8月に入りました。前回のブログにP/Cトラブルの顛末を書きましたが、丁度1カ月後には、このようにキーボードを叩く事が出来るようになりましたので、嬉しく有難く感じております。

さて、今日はウンブリア州の古都SPOLETO/スポレートに出掛けて参りました。姫路市とスポレート市との文化交流イベントが開催されためです。《主催;日伊文化交流会ICIGO・一期、企画;OVe'ST実行委員会》

企画のひとつの「天正遣欧少年使節団」を巡る講演会の企画に大いに関心を寄せてみた次第です。但し、講演会の時間が夕方5時からということが、今朝がた分ったので、ローマへの戻り時間などを考えてみると難しくなってしまい、断念しました。

テルミニ駅を朝7時58分のローカル電車ペルージャ行きに乗って、一路スポレートへ。途中、停車時間が20分位ありましたが、午前10時過ぎには到着出来ましたから、イタリアでは大成功の内と言えます。

構内にあったBARでエスプレッソとコルネットを注文して、メイン会場となっているレオネッティ・ルパリーニ邸の場所を訊ねてみました。

ローマでも、同じことですが道を聞くと、自分が分らないと近くに居る人に訊ねてくれます。感心するほど、道案内には親切心を発揮してくれます。
但し、時として間違った情報を自信ありげに教えてくれることもあって、要注意ですが。

ですから、ローマでは三人の人に道を聞け!ということが、常識となっています。さて、今日はほぼ正確に教えて戴けましたので、会場まで何とか辿りつくことが出来ました。それでも、30分位は歩きました!

初めての街スポレートは、大変小じんまりとして山・丘に囲まれた静かで空気のキレイなところです。やはり中世時代に繁栄した山合いの街で、教皇領だったそうです。

ですから、使節団一行は1585年3月1日にローマ法王グレゴリオ13世に謁見、同年5月1日シスト5世戴冠式に参加した後、教皇領の主要都市を巡行しつつ、ヴェネツアを目指したそうです。

使節団がここスポレートに宿を取ったかどうかは分りませんが、領主の持て成しを受けて歓迎されただろうと推測しております。430年前に実際にあった歴史なのですから、驚きますね。



駅前広場にドーンと巨大なオブジェが
            聳えています。アートの街を感じさせます!

 
 
市内の中心地は、要塞の見える高台に
           あります。エスカレーターを何基も乗り換えて
           中心地へ向かいました。

高台の要塞から街並みを写しました。
            土色の屋根が、優しい雰囲気を醸し
            出しています。


           あたたかみ 街なか香る スポレート

                              元鷹    
              

2015年8月1日土曜日

第367話 P/C トラブル顛末書

イタリア時間でも間もなく8月1日《土》を迎えようとしております。7月は、たった1度しかブログをアップ出来ませんでした。

さぞかしご心配をお掛けしたのでは、とお詫び申し上げます。
6月21日付のブログには、「事前にお知らせをします」とご案内しましたが、そのあと7月に入ると恐れていたことが発生しました。

もともとここ数カ月の間、電源が保てずに20分から、10分、そして5分となって、とうとう幕切れ《真っ暗になったままニッチもサッチも動けなくなりました》現象を起こしてしまいました。

P/C修理屋さんを探して、説明もママならぬままショップのご主人へ修理を依頼して、まだかまだかの催促、督促をしてやっと本日7月31日《金》午後「懐かしき我が家」へ帰還となった訳です。

主なトラブル原因は、電源コードの劣化現象のようでした。
また、本体も検証してくれた?かのような説明でしたが、ここの部分はハッキリ分りません。〆て、90ユーロを支払って、無事に退院が出来ました。

私自身にとって、この4年間の滞在で、1カ月のブログアップが、1回だけと言うのは、初めての経験でした。正に長期の夏休みを頂いたようで、気分転換を図ることとなった次第です。

そして、考える時間もクリエートすることが、多少なりとも可能となりました。今更ながら、「なぜ、書くのだろうか?」、「ブログの目的は?」、「いつまで続けるのか?」等々、ブログ休止状態の期間に、”こころの洗濯”を繰り返してみました。

結論は、出ませんでしたが、ハッキリ申し上げられることは、ローマの見聞の面白さを書き出す,書き表すことが楽しいからだ、と言うことに尽きるとの結論に達しました。

読者の皆さまには、ご心配をお掛けしてしまいましたが、私にとっては、
残されたローマ滞在期間中の活動に再度の新しい息吹が吹きこまれたのでは、と解釈しております。

P/C機器類にオンチなればこその、神様から与えられた貴重な夏休みだったのかも知れません。

さあ、8月は猛暑に負けずに、7月分もカバー出来るように頑張ります!
ブログを創りだす愛機/東芝”DYNABOOK”もカムバックしたところですから、大いに「ROMAの麗雅都だより」を発信したいと思います。

読者の皆さま、どうぞ宜しくお願い致します。


             健康は 有難きかな DYNABOOK
             友なくしては 筆も立たずに
                               元鷹   

第366話 いま何故、'CHE SARA' "を歌う

今年のローマは、いやイタリア全国、それとも欧州の全域に亘ってなのか、想像もできませんが7月にはいって一段と暑さが厳しくなってきております。例年、年間で最も暑さが厳しいローマの8月は、どんな具合になってしまうのでしょうか?

さて、今月はブログ作製に時間が取れずに恐縮です。
上記の通り、暑さのせいもありご案内のようにP/Cの調子が優れない?
為でもあります。PAZIENZA《御辛抱》をお願い申し上げます。

ここ1カ月ほど、私は”CHE SARA'”という歌に惚れ込んでしまいました。
もともと昔?から、日本でTVやラジオで聞いたことのあるメロディーですが、ヒョンなことから猛烈?に歌ってみたくなった次第です。

それでは、詩の一部を書いてみましょう。

paese mio che stai sulla collina
disteso come un vecchio addormentato,
la noia,l'abbandono,il niente
son la tua malattia,
paese mio ti lascio,io vado via.

  Che sara' , che sara', che sara'
  che sara', della mia vita,chi lo sa!
 So far tutto o forse niente, da domani si vedra'
 e sara', sara',quel che sara'.


私の故郷、お前は丘の上にある
眠った老人のように横になって
退屈、放縦、虚無、
それがお前の病気だ
私の故郷、私はお前を捨てて行ってしまう
どうなるだろう、どうなるだろう、どうなるだろう
私の人生はどうなるだろう、誰が知っているのか
私には全てすることが出来るか
それとも、おそらく何もできないか
明日から分るだろう
そして、なるだろう、なるだろう、なるように

是非いちど「YOU TUBU」で聞いてみて下さい。
きっと、この異常な暑さの中でも耳を傾けたくなるような
サウンドをお楽しみ頂けることと思いますので。

因みにこの歌「CHE SARA’」は1971年度のSANREMO
でも歌われたようです。

”ricchi e poveri”というグループとによるものと 、歌手jose felicianoによって歌われております。どちらでもいい音に巡りあえることと思います。


           いまケ・サラ 猛暑なれば 似合う音

                               元鷹