2015年10月28日水曜日

第416話 EUR《エウル》を歩く

EUR《エウル》に出掛けました。この地区の話題としてブログには、確か6月に一度”東洋エクスポ”のことについて書かせて頂いております。今回は、「ローマ文明博物館」を初めて訪ねることが目的でした。

さて、"EUR"と綴って、「エウル」と呼びます。
伊和辞典《小学館》によりますと"Esposizione Universale di Roma"
ローマ万国博覧会 *万国博のためムッソリーニが創設した、ローマ新都市、エウル。と説明しています。

地理的には、ローマの南に位置し、レオナルド・ダ・ヴィンチ空港《通称フィウミチーノ空港》の往復時にこの地区を通過しますから、皆さんにも比較的親しまれているかも知れません。

毎年4月ころには、サクラの花を咲かせてくれる公園が在るのもこのEUR地区の一画(”Passeggiata Giappone”)です。

このような訳で、エウルには市内中央では見られない大型の博物館、官庁オフィス、人造湖、はたまたアパート群、などのノッポビルが、散見できます。広々として、市内では味わえない”ゆったり感”が生きているのです。
 
ところで、エウル地区のご紹介はここまでにしまして、「ローマ文明博物館」のことについてお話しを進めましょう。

最寄りのメトロ駅は、B線「EUR FERMI」です。ここから、徒歩15分位だった思います。道路幅のたっぷりしたコロンボ通りに沿って歩きます。

嬉しかったことに「ローマ文明博物館」への道すがら、紅葉した木に出会いました。木肌を見る限り、日本で言う”サルすべり”の木のようでした。はっきりとは判りませんでしたが。※下に掲載の写真をご覧ください。

ローマでは、紅葉、黄葉は殆どこの時季でも見ることは滅多にございませんから、何か日本を想い出してでしょうか、ホットするのであります。

そして、いつものように通りすがりのイタリア人に再確認のため、道を訊ねましたところ、5~6分程度の距離に近づいたことが分って安心しました。

人気の無い入口に到着しましたところ、大きな門扉は閉ざされていて、ビニール袋に収まった告知が眼に入りました。

内容は、「当館は、施設整備の為当面の間閉鎖します。云々。」です。
何とういうことか!!後悔先にたたずの巻。時々、このような失敗はあることですから、腐らないで記念写真を1枚パチリと撮って記念にしました。

いつか将来来てみたい見物候補先にリストアップすることにしよう、と
自分を慰めるかのように心の内に言い聞かせて、静かなエウルの街を後にしました。

道案内ボード
            行き先を教えてくれるボードです。
            手前は、フランス人作家ですが、
            スタンダール通り、そして奥の案内は
            行き先のローマ文明博物館通り。

ローマ市内では、見られない紅葉。
            色が変わる自然の姿は、何ともはや
            美しいものです。


「ローマ文明博物館」正面玄関先
中央大きな扉やや左下の告知ビラ
ご覧いただけますか?
 
秋深く エウル訪ねて 知るローマ
                  元鷹

第415話 エッ!もうナターレ?

26日(月)午後にピアッツア・ヒィーウメにあるローマ唯一のデパートに行ってきました。これと言った買物品が有った訳ではありませんが、時々メンズフロワーやB1にある家庭用品、雑貨日用品、旅行用バッグ用品などを下見するだけでも楽しめるのです。

お世話になったあの方この方へプレゼント品、或はギフト包装紙を観てみようと言った感じでフロワーを歩きまわりました。

幸いにもB1日曜雑貨品コーナーにラッピング用紙が飾られていました。
中に気に入ったデザイン、カラーのラッピングがあったので調達しました。
1ロール8ユ-ロでした。これだけの長さが有れば、結構使えるかな?!

いつも導線にあるスーツケース売場を見るのが常に為っています。今回もフランス製、イタリア製、ドイツ製などの商品を拝見しました。其々のメーカーに特長があって、甲乙つけ難しです。

でも、フランス製のバッグが良さそうに思えて、今後の買物時に参考にしたいと思いました。デザイン、機能性に優れた点がありました。

ところで、このB1には”NATALE”(Xmas)のデコレーションが、されていたのには、少なからず驚きました。未だ、10月下旬です。関連商品もチラホラと並べられていました。年々歳々、スタートが早まっているようです。

デパートを出た通りにもほんの数件ですが、ナターレの飾り付けを始めたお店を見て、もう季節はクリスマス商戦へ移ったのかも知れない、と頷いたしだいであります。
ラ・リナシェンテ百貨店B1家庭雑貨用品
            もうXmasディスプレイが、始まっていました。


               

            やはり百貨店近くの一般のお店
             家庭雑貨のお店でしたが、Xmas関連
             商品が展示されていました。


             過ぎたるは 孔子曰くや 今昔
                             元鷹  

2015年10月27日火曜日

第414話 クワットロ:フォンターネ

さて、話題はローマへ戻しました。比較的見かけることの多い噴水のひとつに”クワットロ・フォンターネ”(4つの噴水)が、町中の交差点にあります。クワットロとは、イタリア語で数字の4という意味です。

他の知名度の高い噴水と違って、交差点の4つ角に在る為に、ゆっくり鑑賞が出来ないと云うデメリットが有るのです。と言いますのもここは交通量が比較的多いところでして、観賞スペースが確保されていないのです。

16世紀後半に法王シスト5世(在位1585~90)の命によって創られたそうですから、その時代から車社会以前までは、さぞかしノンビリと人々は、この噴水を眺め楽しめたものと想像します。

さて、噴水の説明ですが四つ角の噴水のうち、2つは男神(ナイル川とテヴェレ川)、他の2つは女神(ユーノとディアーナ)です。

今日では、カメラを向けるのも一苦労を要するほど、噴水を観賞することが難しい状態です。かと言って、「引越し」させる訳にも参りませんでしょうから、私たちとしては安全に注意を払いながら楽しむ他ありません。

また、ガイドブックにも説明があるようにこの交差点からは、遠くに3つのオベリスクを眺められます。そして、ピア門も小さくみることができてユニークなポイント《交差点》ではあります。

ユノーの女神・・・大統領官邸に向かって
            右側角
     
            
 
ナイル川の男神・・・大統領官邸に
向かって左側角
 
テヴェレ川 の男神・・・Sマッジョレー聖堂に
向かって左側角
 
ディアーナの女神
・・・ピア門に向って左側角
 
如何でしょうか?其々の噴水の在処が、写真と説明書きでお分かりになられましたでしょうか?直ぐにピーンときた方は、少ないかと思います。
 
メジャーな噴水では無いのですが、アイデアに満ちた噴水、泉の都ローマならではの噴水です。チャンスがございましたら、出掛けてご覧願います。
 
 
クワットロ 四方八方 水の出る
               元鷹
 
 

第413話 ナポリの国立美術館 その3/終章

ここナポリの国立美術館は、紀元前後の時代に創られた美術品が数多く展示されていました。殆どの遺跡品や大理石像の時代背景は未だ、ナポリがギリシアの植民地?だった時代でありましょうか?

兎に角、紀元前/後の彫刻や、ポンペイ(ヴィスヴィオ火山で埋もれたナポリに近い古代の町/多くの観光客を集めています)遺跡の出土品が、随分多く展示されていたことには驚きました。一見の価値あり!であります。

話を戻しましょう!
”シヌエッサのビーナス”の展示場所

前回にもお話しをしましたように美術館入口にあったインフォメーションにて場所を確認したのでしたが、ついつい探し切れずにぐるっと回ってから再びインフォメーションに再度伺いました。

学芸員の方でしょうか?大変親切に同じフロアーの回廊(正面左側)まで導いて下さりました。この辺の親切は、イタリア人、否ナポリ人でありました。

彼は、何故このビーナスに関心を持っているのか?とご尤もな質問を
直球で投げてきました。私は、そのまま正直に和辻先生の本の話を基に態々見に来た理由を説明して、彼の納得を頂きました。

彼もここの美術館の展示品を勉強中のようで、私に対しても自分のクラスの生徒であるかのように、ビーナスのお話しをしてくれたのでした。
残念ながら、私にヒヤリング能力が足りずに専門的な部分は、チンプンカンプンでした。

美術観賞の感想を申し上げるのは、私にとって中々困難ではありますが、”シヌエッサのビーナス”の前に立つと、その迫力に押されてしまい、作者の力量にただただ頭を下げるしかありませんでした。

和辻先生の書かれたことばを今一度「イタリア古寺巡礼」p121~122から拾ってご紹介させて戴きます。

”このヴィナスは、首、肩、両腕、胸の半分が欠損したトルソーであるが、しかし残っている下半身だけでもこの彫刻が神品(しんぴん)であるであることを感ぜしめるに十分である。〔中略。〕人間の「いのち」の美しさ、「いのち」の担っている深い力、それをこれほどまでに「形」に具現したことは、実際に驚くべきことである。”(p.121~p.122から一部抜粋しました。)

和辻先生の美術品へのシャープな鑑賞眼によって描き出された評論こそ、読者の皆さまには、是非一度お読み願いたいと存じます。

さぞかし、美術館回廊にひっそりと立つ”シヌエッサのヴィナス”の前に居るかのような空想体験をされるかも知れません。

 ”シヌエッサのヴィナス”は、人気の少ない
              地上階(テラス)の回廊中程にありました。
              紀元前4C、彫刻家スコパス作と推定されて
              いるそうです。〔同著/p.121より〕  

             
            

            ヴィナスの左面側から撮影/回廊の様子が
             少々伺えるかと思われます。


            
              ”アレキサンダー大王の戦い”のモザイクを
             観賞する入館者たち/世界史の本で観た
               ことがありますね。 


             
 
”アレキサンダー大王”の部分をアップしました。
この画が、モザイクで描かれているようには
見えません?私は、出来る限り近寄って見て          
参りました。ポンペイ遺跡からの発掘です。
 
 
ヴィナスとは 悩ましきもの 想像し
                   元鷹
 

2015年10月26日月曜日

第412話 ナポリの国立考古美術館 その2

ナポリは、何度も訪れていましたが地下鉄(メトロ)乗車は,初トライでした。構内のインフォメーションオフィイスに行き、美術館への道のりを尋ねました。メトロ2に乗車で、5つ目の駅「MUSEO」下車と教わりました。

メトロ構内も電車そのものもローマに比べてみると真にキレイなので驚きました!照明も明るくて安心出来る気がしましたし、駅全体のデザイン、カラーなどのが、モダンに構成されていたことにビックリしました。

さあ、いよいよ目的の美術館前に着きました。
楽しみにしていた紀元前4Cギリシアの大理石像”シヌエッサのビーナス”と、モザイク画”アレキサンダー大王の戦い”を観賞できる期待感で気持ちが高ぶってきました。

”シヌエッサのビーナス”とは?

日本に居た時にもここローマでも折に読んでいた岩波文庫の「イタリア古寺巡礼」に詳しく説明されていますので引用させて戴きます。
以下、「イタリア古寺巡礼」p.121

”その中で飛びぬけて優れているのは、ナポリ北方二十マイルほどのモンドラーゴーネから発掘されたヴィナスである。そこに昔シヌエッサという町があった関係から、<シヌエッサのヴィナス>と呼ばれている。中略。
しかもその美しさはパリにある<ミロのヴィナス>の比ではなく、今まで発見されたヴィナスの裸像のうちでこれほど優れたものはないと言ってよいのである。”

さらに和辻哲郎先生の見識は続きます。
和辻先生が、これほどに絶賛されたビーナスをローマに居ながら、このまま見ずに日本へ帰ることは出来ません。どんなに美しいビーナスの名だろうか?もう、目の前に来たのであります。

時間は、丁度正午を廻った頃合いでした。
美術館は、それほどの人混みも無くゆっくりと見られそうな気配がしました。入場料13ユーロ≪およそ1,800円≫私物(リュック)を預けて、さあ!いよいよスタートです。

インフォメーションで、①シヌエッサのビーナスと②アレキサンダー大王の戦いの展示場所を教えて頂き、会場へ向かいました。

美術館のスペースは、たっぷりとして広々した空間の中に古代ギリシア時代の大理石像が、程良く配置されていました。兎に角、大理石像が大きいのには驚きました。

今日の日程は、ここの美術館巡りとナポリのピッツアを昼食にすることの2点しかありませんから、気持ちの上でも急かずに観賞が楽しめました。

※気になる読み方、”ビーナス”か”ヴィナス”?
    英語表記:VENUS
 参考*イタリア語表記:VENERE/ローマ神話/愛と美の神
     ギリシア神話:AFRODITE 

 *ビーナスよりもヴィナス(「イタリア古寺巡礼」表記)が、
  英語読みに相応しいと思われます。気になりましたので
  一言付記します。以上 

国立考古美術館の正面玄関です
ナポリの美術館らしさを味わいました
 
ライオン像が入館者を見守っている
            かのように居座っていました

             

            ああナポリ 美術の宝庫 今来たり
                               元鷹

 

2015年10月25日日曜日

第411話 ナポリの国立考古美術館 その1

24日(土)は終日、秋晴れの好天気に恵まれました。

とは、申しましてもローマのことではありません。ナポリのお天気のことでした。10;00発ソレント行きのフレッチャ・ロッサ《赤い矢》特別急行に身を任せて、ナポリに行き終日ナポリの町を散策していたからでした。

さて、念願叶ってナポリの国立考古博物館へいって参りましたので、今日のブログは、ローマとはまたひと味違った「ナポリタン」になりそうです。

電車は、ほぼ満席状態でした。4人掛けで向き合うシートに座ったところ、ほかの3名は、アメリカからイタリア旅行を楽しんでいらっしゃるご婦人がたでした。

大きな布製のキャスター付きバッグを天井棚に乗せる手伝いをしたこともあって、われわれ4人は、まるで同じグループ意識が生まれて、ナポリに着くまでのおよそ1時間は、楽しい”英会話”の教室のようになりました。

話題は、イタリア旅行《ヴェニス、フローレンス、ローム(以上地名は英語式発音)》の体験、ナポリでは美術館巡り、アマルフィーへ出掛けること、ポンペイ、カプリにも行きたい、等々話題は盛り上がりました。

あっと言う間にナポリ中央駅に到着。

大きなバッグを下ろして、プラットホームにて別れました。それにしても、
3人のアメリカ人ご婦人らの元気さ振りには敬服の至りでした。楽しいご旅行を!と申し上げて、私はメトロ(ガルバルディ駅)へ急ぎました。

                               テルミニ駅にて
            出発前のプラットホーム11番線にて



            国越えて 旅の話題は 楽しけり
                              元鷹    

2015年10月24日土曜日

第410話 謹んでお知らせ申し上げます。

             読者の皆さまへ

謹んでお知らせを申し上げます。
タイミングを見計らいながら、とうとう今日の日を迎えました。
と申しますのも、2016年新春の1月に日本へ帰国する予定でございますこと、ご報告させて戴きます。

此処ローマは本当に住み易いところで、全方位的にみましても、さぞかし得難い町であろうかと常に想う次第であります。しかし、先のブログにても、在ローマ通算10年を経過しましたことをお伝えさせて戴きました。

2011年8月からスタートしましたこの”ROMAの麗雅都だより”のブログ作成のお陰で、随分とローマを散策することが出来ました。
ローマの散歩を心から楽しみ、張りのある生活を送ることができました。

そして、同じ位の喜びをローマの市井の人達の親切さの中に味わうことが出来たのでした。下手なイタリア語でも、ローマの人々は、初めて会った日本人の私の質問へ真剣に耳を傾けて、真摯に答えてくれたのでした。

このようなローマの人々の素晴らしいお人柄に幾度も幾度も助けられました。明るく気取らずに、率直に話をしてくれたローマの人々にどれだけの感謝の気持ちをもってしても、伝え切れない深謝のことばが、そのまま行き場を失って、宙に浮いているように思えてなりません。

区切りとしまして、かってながら本年12月31日大晦日を境に、「ROMAの麗雅都だより」の発信を終了したいと存じます。
何卒どうか、予めのご理解とご了承を切に腹からお願い申し上げます。

この時点でお伝えした理由は、他ならぬパソコン事情もその一端を担っております。この4年間で、幾度となくパソコンが自由に為らずに困り果てたことがございました。

今は、やっと調子が戻ってきておりますので、皆さまへのご挨拶に失礼が無きように、少々早めかと存じますが、ご報告ご挨拶させて頂いた次第でございます。

ほぼ残すところ70日余りですが、出来るだけ精一杯の努力をしてローマの話題をお伝えしたいと云う気持ちで一杯でございます。

どうぞ、最後の最後までおつきあいを賜ります様に心からのお願いを
申し上げます。

日本は、秋も深まり紅葉の素晴らしい季節を迎えようとする頃でございますでしょうか。実りの秋にあやかって、読者の皆さまには一層の幸多からんことを期する次第であります。

             
       秋深し 光陰ははや 矢の如し
                       元鷹