2015年9月25日金曜日

第394話 北イタリア紀行 クレモナ

        ローマ滞在通算10年達成記念
             北イタリア紀行

◎クレモナ/CREMONA 9月15日(水)

  さて、風の街、丘の街トリエステを後にして向かう処は?
  風の吹くまま、実はパドヴァという街へ行くところでしたが、何を間違えたのか、クレモナ《ヴァイオリンの街》につきました。

静かで時間がゆっくりと流れているような街でした。
クレモナ駅を出て真っ直ぐに歩くと目的地である「ヴァイオリン美術館」へ辿りつきました。入場料は、10€でした。荷物は、見学時間の間、rオッカーを使用できましたから、大変助かりました。

地方に在る美術館のメリットですが、入場者が平日は真に少ないのが、見学者としては助かります。世界の遺産とも言える名品の数々をじっくりと眺める幸福感は、何に例えればいいのだろうか?

Amati,Stradivari,Guanneri,Rugeri と言ったマエストロらが創った作品が、目前に並べられていました。俗人が考えることは価格です。

もし、市場に出れば、出る訳は無いのですが、勝手な価格ですが、
何十億円!!!もの超逸品ばかりが、かぞえ切れないほど展示されていたのですから、ビックリ・ドッキリであります。

音楽ファン、ヴァイオリン・ファンと云わずとも、ここで過ごす時間は、不思議とこころに落ち着きを戻し、気持ちを豊かにしてくれるでしょう。

余りに美術館の空気が、ここまで来たことに幸せな感情を与えてくれ
たので、この街で一泊して、明日今一度再館したいと想ったほどでしたが、突飛なことで、ホテルも無く、次回に譲ることに決めて、フェラーラへ向かうことにしました。

フェラーラへは、ローカル線で向かったのですが、大作曲家G.VERDI/
ヴェルディの生誕の地/Busseto駅を通過したのには、感激しました。
車窓からでしたが、自然がそのまま残っている静かな景色でした。

クレモナ駅の表情
            人気の少ない静かな駅周辺でした。

            Museo del Violino ヴァイオリン美術館
            入口正面から撮影しました。
            入館者は少なくゆっくりと楽しめました。


             
ヴェルディを産んだ偉大な大地を
とくとご覧下さいませ!
ブセット駅をボローニャ方面へ
 
クレモアは ヴァイオリンの音 旅癒す  
                    元鷹
 
 

2015年9月18日金曜日

第393話 北イタリア紀行 トリエステ 

      ローマ滞在通算10年達成記念 
         北イタリア紀行

私ごとですが、ローマでの滞在が早4年(2011年7月10日~今日)を超えました。そして、かつて家族と一緒に駐在したローマ生活の期間を加えますと、都合10年を経過した、ことになります。

これまでローマの話題を中心にブログを作成してきた訳ですが、
「元鷹ローマを出る!」とばかり、念願の”北イタリア紀行”(3泊4日)を断行して参りました。

素晴らしい街での感動、人との出逢いなどをお伝えしたいと思います。
今日のその第一弾は、北イタリアはトリエステでのお話しです。

◎トリエステ/TRIESTE 9月14日(月)~9月15日(火)

イタリア最北東の街。詩人ウンベルト・サバが、生まれた故郷であったこと、20余年前に当時ローマでレストランを経営されていたミミさん≪ニック・ネーム≫(日本人女性)から、街の様子を聞いていたことが長年忘れられずに居たことが、ベースにありました。

しかし、直接的なきっかけはブログに紹介しました作家須賀敦子さんの
小説からの影響があったことは間違いありません。折角、イタリアにいるのだから、とやっとこの機に腰を上げた次第です。

4日前の14日(月)朝07時15分発の特急”イタロ”に乗り込みました。
目指すは、坂の道の街、海の街”TORIESTE/トリエステ”です。

特急イタロは、ベネチア・メストレまで乗車。ここで、ローカル線に乗換えて目的地へ向かいました。駅構内は、正直言って、寂れている雰囲気を感じました。駅の外に出てみますと、早速、「海風の歓迎」を受けました。

先ずは、電車内で検討していたように、「イタリア統合広場」へと向かいました。ここまでの距離は、1kmぐらいだったでしょうか。リュックを肩に背負い、小型のカーゴを引っ張っての街歩きでした。

やがて、ホテル(☆☆)に入って、荷物を部屋に置いて夕食まで自由気ままに観光名所を巡りました。何せ、急な旅支度でもあり、行き先も風の吹くまま、気の向くままよ、と言った映画のトラさんのような小旅行ですから。

トリエステの丘にあるサンジュスト聖堂までの坂道は、結構な勾配が付いていて、汗が噴き出る始末でした。これでは、丘までぎっしり詰め寄せたようなアパート群の住人らは、日々大変な生活だろうなあ?と勝手な心配をしてしまいました。

途中、”VIA DELLA BORA” という名前のついた細い道を発見しました。トリエステでは冬の期間だけ、それはそれは強風が毎日吹き荒れるそうです。その風の名を「LA BORA」(ラ・ボーラ)と呼ばれるのだそうです。
壁標にVia della Bora と表示されいます。

想像以上に大風で大人でも、吹き飛ばされるほどの強風なのだとか。
須賀さんの書かれた本にも詳しく紹介されていたことを、ふと思い出してしまいました。

トリエステは、丘と海とに挟まれた街です。
恐らく、夏のシーズンには、世界から数多くの観光客を豪華客船が運んでくるのだろうか、と想像させてくれるハーバーでした。

それから街並みが、とてもキレイであることに驚いた。
ローマに居るとローマの喧騒が、当然の様な気がしてしまいますが、
自然が前後に豊かな街トリエステでは、建物がオシャレで、街を歩く人達がとてもエレガントに見てとれました。

まるでイタリアではない、ような街、静かにしかし堂々とした気運を感じさせる街であるような印象を受けました。

両脇には、カッフェバールが開き
           ヴァイオリンのソロが旅情を掻き立てます
           イタリア統合広場/P.zza dell'Unita d'Italia  
           
           

            サンジュスト聖堂となりに在る広場から
            丘に向けてシャッターをパチリ!

            
トリエステのサンセット/ベネティア湾
            11月3日海岸通り辺りから夕焼けを
            ながめました。


             トリエステ 坂道登り 風が吹く

             トリエステ ベネツィア湾に 丘の上


                                元鷹 

        
                 

第392話 タッソーの樫の木

”タッソー”とは?皆さんには,若しかしたら全く耳慣れない人名では無いでしょうか?ご存知の方は、イタリアの歴史・文学に通じていらっしゃいますね。

Torquqto Tasso/トルクアート・タッソー(1544-95)とは、16世紀に活躍したイタリアの詩人です。南イタリアのソレントに生まれ、ローマで亡くなった人物です。

タッソーの父も名の知れた詩人ということでしたから、中世紀に於ける詩人の活躍・名声は、現代と違ったカタチで存在していたのですネ。

私もローマに来るまで、耳にしたことが無かったのですが、観光本や本屋さんなどで、その名を目にしたことが幾度かあった程度でした。

アニタ・ガリバルディ騎馬像を後にして、ゆっくりと5分も歩くか歩かない内に”タッソーの樫の木”(俗称ですが)にぶつかりました。

”樫の木”のイメージからは、真っ直ぐ天に聳え、枝葉をたっぷりとつけた大木を思い浮かべられるかもしれません。しかし、500年後の今は雷で裂けたかのように残骸だけが、地面から4mほどの高さを何とか姿を保っている状態です。

タッソーが、かつて詩想を思い巡らした場所には人気もなく、この残骸の様な老木とこの樫の木の謂れを語るパネルだけが、ひっそりと通りがかりの人々に何かを伝えているでした。

※タッソー代表作品
  ”Gerusalemme liberata”  
   (注)20編構成で大分なモノ・購入したものの何時になったら
      読めるのか、否ページを開くものかは?です。


落雷に遭っても尚且つ”生きている”
            タッソーの樫の木は、ひっそりと時代の
            流れをみつめているかのようです。


            

            タッソーが眠っているサントノフーリオ教会
            Piazza di Sant'Onofrioに在ります。
            タッソー記念堂もありますが、下調べが要ります。



            読み切れず 詩人の数は あまたなり
                               元鷹

2015年9月11日金曜日

第391話 アニタ・ガリバルディ騎馬像

前話にて記しましたガリバルディ広場(ジャニコロの丘)から少し下がった当りにアニタ・ガリバルディの騎馬像が建っています。

この騎馬像は、赤ん坊を抱えて馬を駆るアニタの勇壮な姿、その馬の天を走るかのようなタテガミやムーブメントを表わして見るものを感動へ誘います。

アニタ・ガリバルディは、ジュゼッペ・ガリバルディの妻でした。
騎馬像では、確か左腕で赤子を抱え、そして手綱を引いて、右腕は高く上に挙げて、ピストルを天へ向けていたかと思います。

それにしても時代を超えてリアルな構図であり、今でも目前を走り抜けてきたような勢いを感じさせてくれます。

このブロンズは、マリオ・ルテッリ(1859~1941)の作になるものであることが、説明書きスタンドにて読み取れました。

パレルモ出身の彫刻家マリオ・ルテッリの作品のひとつを5月28日のブログに写真を掲載しておりました。(1909年作)

また、大傑作の共和国広場の「ナイアディの噴水」(グラウコスの海神、ニンフ)は、彼が創ったものです。(1901年、1910年)

オマケに申しますと、シチリア島パレルモのイギリス公園には、真に素晴らしい「ガリバルディ騎馬像」(ヴィンチェンツオ・ラグーザ作)が建っていますが、その台座近くに勇ましい姿をしたライオン像(ブロンズ)もマリオ・ルテッリが創った作品であります。

さて、お話しは「アニタ・ガリバルディ騎馬像」を作ったマリオ・ルテッリの作品のことばかりになってしまいました。アニタと言う人物は、若くしてガリバルディと出会って彼の妻になった人物ですが、大変な女傑振りを発揮した女性でした。

今日は、調べる時間も無くなりましたので、暫くお時間を頂きましてから、再登場させたいと思います。ご容赦願います。

迫真のアニタ・ガリバルディの騎馬像
            赤子を抱えながらピストルも

            
            
 
 
 
 
 
まるで空を飛び回るかのような勢い
ここでマリオ・ルテッリの作品に出会えた
ことは幸運でした!
 
 
Mルテッリ その名留める ブロンズに
 
                 元鷹

2015年9月9日水曜日

第390話 正午の空砲

8月には行けなかった”ジャニコロの丘”へとうとう辿りつくことができました。今日は、憧れだったこの丘でのセレモニー”正午の空砲”を観賞してきましたので、お伝えしたいと思います。

丘には、8月の二の舞にならぬ様に時間に余裕を持って向かいました。
”正午の空砲”は、正に正午12時丁度に行われる儀式ですから、今日は兎に角、早めに現地に着きたいと動いたところ、11時35分には丘に到着出来ました。

丘(ガリバルディ広場)の中央には、見上げるようにイタリアの英雄の人物であるジュゼッペ・ガリバルディの騎馬像(ブロンズ)が、そそり建っています。

私は、何故か騎馬像に縁が深くあるようで、ついついデジカメを使って、何枚もの写真を角度を変えて撮ってしまうのです。

さて、セレモニー(空砲)についてお伝えします。
場所は、先ほどのガリバルディ広場です。広場からの眺望が抜群に良い東側と言って良いのでしょうか、テヴェレ川左岸を望む方向右側に階段が在るのです。

この階段を降りると砲台らしき10畳敷き位のスペースを見ることができます。正午20分前くらいでしょうか、キャノン砲が定位置に置かれます。
広場の下が倉庫になっているのです。

5分前くらいには、軍人らしい人達3名が砲台の後ろに並びました。女性の軍人が、声を発すると一人の男性軍人がキャノン砲に空の砲弾を詰めました。

いよいよです!時計係りの男性が、倉庫から出て来て1分前であることを伝え、10秒前と言いカウントダウンしました。ただ、5,4,3,2,1、と発したのは、女性の軍人でした。

1、と言ったかゼロと言ったか覚えていませんでしたが、時間通りにキャノン砲が、火を噴かずに轟くような爆音とともにに白煙を撒きました!

正にこの瞬間を逃すまいと、私はジットと息をこらえつつシャッターチャンスを待ち、12:00.00.01?にシャッターを切ることが出来ました。

驚きました。ドーン!!!と一発の爆音は、体内のコレステロールを瞬間に吐き出させたのではないか、と思わせるほどの威力を感じる程でした。

ローマ観光の中で、この体験は非常に楽しく良い想い出になることかと思います。ジャニコロの丘の広場からのローマ市内の眺望も素敵です。
感動、驚きの体験をここでお楽しみ下さい!

ジュゼッペ・ガリバルディ騎馬像が
             広場中央に建っています。


            

            貴重な?映像です!9月8日12:00
            00:01?シャッターを切りました。


一番右に白亜の殿堂V/エマヌエレ2世
記念堂が見えています。
絶景を愉しみました。
 
 
キャノン砲 ローマ一番 正確さ
 
                 元鷹

2015年9月3日木曜日

第389話 浪曲師 春野恵子さん

9月になりました。長い夏休みを山に海に遊んだローマの人々も少しずつ町に戻ってきたのでしょうか?道路の混み方も、8月までとは違って少し増してきた様子、ローマの夏は終わったのだなぁ!と実感しています。

さて、今日はローマ(否、イタリアでも?)では初めてのことでしたが、
「浪曲」の演奏会が開催されましたので、まことに珍しいことでしたので出掛けて参りました。(九月二日午後一時)

開催場所は、ローマ日本人学校の講堂でした。ローマ日本人学校の児童生徒さんらおよそ30名、そして先生やご家族の皆さん方も熱心に聞き入っていました。

日本、日本文化を愛好する約20名のイタリア人も駈けつけて、「浪曲」に耳を傾けておりました。(一部通訳、字幕スクリーンあり)

出演は浪曲師春野恵子さん、曲師(三味線)一風亭初月さんによるものでした。私にとりましても初めての「浪曲」観賞でしたので、終始ワクワクドキドキと日本の伝統芸能を楽しみました。

はじまりのご挨拶のなかで、春野恵子さんは分り易いことばで、浪曲の生い立ちや、仕組みやこれまでの活動の内容などをお話しされて、しっかりと視聴者の心を掴んで離しません。

拍手のタイミング、掛け声(待ってました!たっぷり!!大統領!!!)など発声の仕方など、楽しく説明してくれたのが大変面白く、かつ愉快に思えました。

子供たちは、一所懸命に練習するのですが、何のことやら分らずにやっていたお子さんも居たのでは?と内心思いました。

今日の演目は、”神田の松太郎”、”樽屋おせん”の二題でした。
  ”樽屋おせん”は、お子さん達には少々手が届かないストーリだったか?

浪曲師春野恵子さんは、「浪曲は魂の叫び」(確か、そう言っていた)と力説されていましたが、その通りまさに”入魂の舞台”でした。
会場に「気合い」が響き渡りました。”日本一!”

さぞかし、特訓に特訓を重ねたであろう語りの上手さ、音域の広さはソプラノからバスまで、そして男役・女役・子供役などを音質、声色で仕切る技術は、中々大変なものだと感心してしまいました。

日本の伝統芸能のひとつである「浪曲」の素晴らしさを味わってみて、日本の伝統芸能文化に、改めて興味関心を寄せてみたいと感じ入った次第です。

それにしても、浪曲師春野恵子さんの浪曲への熱い想いは、素晴らしいものがありました。何事にもあれだけの”熱情”を傾けたら、想いは人々の胸を打ち、世界の人に共感を呼び起こし、いつまでも人の心に”感動”を残すことでしょう。

  浪曲師春野恵子さん、 ”待ってました、大統領!!!”
 
  と場外から、エールを贈ります。


          
          浪曲は 七五調の 日本の美
          
          
     

          春野には 浪曲興す 風が吹き


          浪曲や 樽屋おせんの 意気地あり



                           元鷹  


         

2015年8月31日月曜日

第388話 「ミラノ 霧の風景」再読

何度も書いてしまい恐縮なのですが、ローマの今年の夏は、猛暑続きだったこともあって、昼に夜に寝苦しい日が続きました。

しかし、寝苦しい故にベッドでの読書時間が平年より増えたことは、ある意味では思わぬ収穫だった、と言えるかもしれません。

つい最近読み終わったばかりの本は、タイトル書きの「ミラノ 霧の風景」
須賀敦子著でした。元々、記憶に間違いなければですが、前回のローマ滞在中に、手に入れたものです。

日本でも読み返して、なお且つ今回4年前に自宅の小さな書庫から、携えて,態々ローマに持ってきた本の1冊です。

須賀敦子さんの書いた本の全てを読破しているわけでは有りませんが、私にとっては、ごく自然に親しみを感じさせる文体、文章は、読後に一種の清涼感を与えてくれるのです。

作家須賀さんは、イタリアに10有余年の歳月を過されし後、日本へ帰国か〔1971年/S46〕されて上智大学等で教鞭をとられたそうです。

1990年(H2)に初めて発表した作品集が、ご紹介の「ミラノ 霧の風景」は、女流文学賞、講談社エッセイ賞を受賞した、と文庫本の表紙内側に紹介されていました。

私にとっては、平成10年から再度ローマに戻るまでの13年間に文庫本を読んでみたり、特集を組まれた雑誌などで氏の生い立ちから、活動などの知識を得ておりました。

また、いつでしたか年月は、全く記憶にないのですが、確かNHKだったように思うのですが、氏の生涯を見つめるTV番組を観たことが想い出されます。

アッシジ(イタリア/ウンブリア州にあるサン・フランチェスコ教会で有名)のことが、詳しく紹介されて居りましたが。氏は、ここでの取材をテーマに次の小説の題材をイメージされていたことなどが、解説されておりました。

さて、「ミラノ 霧の風景」では、12章に亘っていろいろな人物との出逢いが書きとめられています。中でも、現代作家のこと、イタリアの代表的な
詩人たちのことなどのことが最も興味深く楽しませてくれました。

将来、じっくりと須賀敦子全集を紐解く時間を持つことを今から楽しみにしております。

最初に出会った須賀敦子さんの著作
            「ミラノ 霧の風景」白水社刊
            私の大切な本の1冊です。


            凛として 文体にみる 人の相
                            元鷹