2015年2月14日土曜日

第322話 サン・バレンタイン・デイを考える

毎年2月14日は、私たちは通常”サン・バレンタイン・デイ”、または単に
”バレンタインの日”とか言って、呼び合っております。

今日は、このサン・バレンタイン・デイについて、関連したお話しをお伝えしたいと思います。

先ずは、”現場に直行”ではございませんが、2月3日《火》にはサン・ヴァレンティーノ教会〔イタリア語ヴァレンティーノとなります〕を訪問してみました。※ローマから電車〔各駅〕にてテルニ駅下車。バス5番にて、15分位。

1998年2月14日訪問以来でしたが、懐かしく粛々と教会内を見させて頂きました。やや小ぶりのですが、清潔感のある教会です。前回〔1998年〕は、バレンタイン・デイ当日でしたから、人出も賑わいもありました。

また、特別に地下室に在る井戸〔ものの本によれば〕を参拝?したことを
覚えております。そこには世界各国から寄せられた”愛の手紙・カード”が
所狭しと飾られていたことが想いだされます。

さて、本論です。

バレンティーノ司祭は、ウンブリア州のテルニにて、A.D176年に生まれ、A.D273年2月14日に殉教された、と云われて居ります。亨年〔殉教が〕97歳ということになります。但し、年号には、諸説あります。

日本では、なぜこのイタリアのウンブリア州テルニの司祭バレンティーノのお話しが、どのように伝わって、今日のサン・バレンタイン・デイと発展してきたのでしょうか?大いに興味が湧くところでは有ります。

先ずは、曰く因縁を押さえておきたいところではあります。少なくても、
バレンタイン司祭は、イタリア人であったこと、テルニの町の人だったこと、時代は遥か昔3世紀の頃の話だったことを。時間の都合で、恐縮ですが
後編にて、お話しを続けたいと思います。


教会近くのY字路中央には、サン・バレンタインの
            彫像が植え込みの中に建っていました。


            
テルニ郊外に静かに建つ
             サン・バレンティーノ教会 

            
教会上層階のステンドグラスには、
            若い二人に結婚の秘蹟を授けるシーンが
            描かれています。


            赤い糸 チョコに託して キューピッド
                                  元鷹    


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