日本の気候に比べたら随分に温かいと言えるローマの1月の天気ですが、昨日そして一昨日は雨が降ったり止んだりで、ハッキリしない空模様でした。そして今日は雨こそないものの厚い雲に覆われた一日となった。
ぜひ見学してみたいところの一つだった”ジャニコロの丘”へ出掛けてみました。市内ほぼ中央を縦断するテヴェレ川右岸に在るジャニコロの丘は、
これまでにも車で素通りを何度かしたものの、ゆっくりと散歩をしたことはありませんでした。
この丘の中腹からは、ローマ市内が眼前にパノラマとなって楽しめること
で市民、或は多くの観光客の憩いのスポットになっているようです。
私は先ずいつものように市営バスを利用して目的地を目指すことにしました。テルミニの500人広場から64番(ローマで一番スリが多く乗るので有名)バスに乗って、サンタ・パウラ教会前にて乗り換えました。
870番バス停は直ぐに見つかった。これで、ジャニコロの丘まで登れると
聞いていたが、内心半信半疑ではありました。※ローマでは、3人の人に訊ねろ、と言われるほどに道案内は、大分いい加減なところが多いのです。
10分も走らないうちにバスの窓からローマの市内を一望に眺めることができそうな格好の場所に着いたので、エイヤーとばかりリュックを片手に持ってバスから降りることにしました。
しかし、ここはまだまだ丘の半分ぐらいの所でしたから、撮影が終わって私は又先ほどのバス停に戻って、次に来るバスを待つことにしました。
やがて、バス(115番)は「ガリバルディ記念碑」の近くまで走って来ました。この記念碑は、今日の見たいものの一つでしたから、ほっとしてバスを降りました。近くに寄れば、記念碑は何と大きな騎馬像なのでしょう!
今まで見た騎馬像の中で最大のものでした。1895年にエミリア・ガッローリによって作られたものだそうですが、余りの大きさなので写真を撮るのが大変でした。
空模様の変化もあったので、ゆっくりと歩きながら他のモニュメントを訪ねることにしました。坂道を下るように歩くと左側に今度は、「アニタ・ガリバルディ記念碑」(騎馬像)が建っていました。
この勇壮な銅像は、G・ガリバルディの妻なんだそうです。
えっ、何ぜだろう?とイタリア統一/リソルジメント時代の歴史の知識に浅い私は、この新発見に嬉しくなりました。この像は1932年マリオ・ルテッリが建てたものです。
マリオ・ルッテリは、確か1901年頃ローマ・テルミニに近い共和国広場《メトロA線》にナイアディの噴水を建てました。イタリア全土から公募された作品の中から選ばれた最優秀作品だった、とのことです。
また昨年9月のパレルモのイギリス公園で出逢ったヴィンチェンツォ・ラグーザのG・ガリバルディの騎馬像《昨年9月にご紹介しました》の前に
設えたライオン像が、やはりルッテリの作品であったことを想い出しました。《次回 その2へ続く》
ジャニコロの丘から
左にはV/エマニエル2世記念堂が大きく聳えています。
巨大なG・ガリバルディ騎馬像
ジャニコロの丘から、下界のローマを眺めるかのようなポーズです。
リソルジメントの動と静を感じさせる雰囲気が伝わって参ります。
1895年建立のこの記念碑は、エミリオ・ガッローリによるものです。
アニタ・ガリバルディの勇壮な騎馬像
G・ガリバルディの妻アニタの雄姿です。
馬を巧みに操り、右手にピストル、左腕には赤子を
抱いて、かけはしっています。M・ルッテリ作・1932年
この像を見て、初めてアニタの存在があったこと知りました。
やはり、”ローマの歴史散歩”は本にも勝る発見のみなもとです!
一望に ジャニコロの丘 ローマ見ゆ 元鷹
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